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中国語の曜日、「星期」の由来

study.edu.sh.gov.cn 03-03-2020

 1週7日制について、西洋の場合は宗教色の強い呼び方が馴染んできた。例えば、キリスト教徒は礼拝をする日を「礼拝日」とし、その後の6日を逐次に「礼拝一、礼拝二……礼拝六」と呼び、つまり7日が「1つの礼拝」だ。一方日本では、一週間の7日がそれぞれ「七曜」の名を冠して「日曜日、月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日、土曜日」と呼ばれる。では、中国はなぜ7日である一週を「一星期(イーシンチー)」と呼ぶのか。これは清の時代の袁嘉谷のところから説明しなければならない。

袁嘉谷(1872〜1937)、字は樹五、又は澍圃。雲南省石屏県出身。光緒29年(1903)科挙の最終試験である殿試で二甲第62位を取得し進士に登第。同年雲貴総督魏光焘の推薦で「経済特科(科挙の最高峰)」の試験に参加し第二次試験の第1位を取得。「特元」と呼ばれ、地元の人々に「状元」とも呼ばれる。後は翰林院编修となり、日本視察に派遣。

光緒31年(1905)、清政府は郷試、会試を停止し千年以上続いた科挙制度を廃止した。その代わりに「学部」が設置され、袁嘉谷は命令を受けて「学部」に入り、編訳図書局の設立計画を推進し、その局長となった。当該局は、編書課と訳書課があり、政府が国を統治するために定めた各種教材の編集という役割を担った。教材を編集するには、新しい名詞にふさわしい中国語を作らなければならない。1909年、編訳図書局は教科書における名詞を統一すべく、新しい機構の「編訂名詞館」を発足させた。袁嘉谷は自ら「編訂名詞館」の活動に携わり、多くの名詞を統一した。「星期」という言葉はその1つで、1週7日制を表す中国語としてだんだん定着してきた。

古代中国の暦法は、二十八宿を「日、月、火、水、木、金、土」という順番をつけた。時はこの7日周期に従い、「日」から循環することは「七曜日」となり、西洋の「週7日」と暗合し、日本の「七曜日」が中国から伝わったのもわかるだろう。だが、袁嘉谷はこの言葉が読みづらいと考えた。同僚と相談した後、彼は一週を「一星期」とし、7日を逐次に「星期日、星期一……星期六」と呼ぶことにした。これは、国際的な「1週7日制」を認める点で一致しながらも中国の特色がある「星期制」の由来だと言われる。