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留学生は揚州で中国語実践活動に参加=上海大学

study.edu.sh.gov.cn 06-05-2019

このごろ、上海大学の留学生たちは揚州で同学国際教育学院の主催による二日間の中国語実践活動に参加した。

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揚州は中国歴史上最も有名な経済・文化・商業センターとして知られる。本来「楊州」と書かれたが、唐代から表記を「揚州」と改められた。漢・唐の時代では世界各国からきた使者や商人が集まったため、揚州は海上シルクロードにおける重要な国際港として位置づけられていたという。

留学生たちはまず痩西湖に訪問し、この江南ならではの美しい景色を味わった。痩西湖のシンボルである五亭橋は湖面に架かって、五つの亭はまるで盛んに咲いている蓮の花のようだ。春風に揺らぐ緑色の柳があれば、一塊になる色鮮やかな花もあった。留学生たちは小舟に乗って船頭が歌っていた揚州の歌謡曲を聞いたり、実景ショーの「春江花月夜(唐代の詩人、張若虚の作品名)」を見たりして、痩西湖の「詩情画意(詩や絵のような境地)」である風景を堪能した。

次の行き先は千年の歴史も持つ大明寺と中国四大名園の一つである個園だった。大明寺と言えば、鑑真和上だろう。鑑真は唐の名僧であり、6回目にして日本に渡り、中国の文化を日本に発展させようとしていた。「小さい頃から本に鑑真に関する歴史を読んだことがある。今日この中日文化の交流における重要な記念地に来られるとは、とても光栄だと思う」とある日本人留学生は言った。個園では、様々な色、形、材質を持っている石が加工され、各種の植物との組み合わせで四季の景色が同時に見られる。留学生たちはこの奇妙な光景に驚嘆し、石組みを動物の姿に想像して楽しんでいた。

その後、留学生たちは揚州における水陸交通の要路、商業・手工業・宗教文化の中心である東関街を訪ねた。賑やかな街では、商業が繁栄で歴史的な老舗も随所に見られる。一説によれば、あのイタリアの冒険家マルコ・ポーロはまさにこの東関街から揚州に踏み出した。

今回の実践活動を通して、留学生たちは江南の綺麗な景色を見ただけではなく、中国と外国の経済・文化交流の歴史も体験し、これからの更なる連携を実現すべく中国語の勉強で努力しようという。